デス・オーバチュア
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大空洞に存在する全ての物を跡形もなく灼き尽くすと、赤い閃光の炎とそれに伴う熱気は徐々に薄れていった。 もうこの場には何も残っていない。 赤い光炎と熱の発生源である赤の悪魔王唯一人を除いては……。 「……ほう、面白い玩具だな、そんな物も持っていたのか」 「…………」 もう一人居た。 悪魔王の他に、もう一人この場に残っているモノが居る。 黄金でできた騎士の全身鎧……黄金色に輝く甲冑がこの場に立っていた。 黄金の甲冑は自らの兜(ヘルム)に手をかけると、フェイスガードごとそれを剥ぎ取る。 「……できればこいつは着たくなかった……」 黄金の甲冑の正体は銀髪に青眼の青年ガイ・リフレインだった。 「静寂の夜で無効化しきれなかった我が炎と熱を……その悪趣味な黄金の鎧で耐えおったな……その鎧、ただの黄金でできた鎧ではあるまい?」 エリカは興味深そうにガイの身に纏う黄金の騎士鎧を見つめる。 「さあな、静寂の夜を手に入れた後、かってにガルディア十三騎の一人に任命されてな……その際に当時の女皇から押しつけられた物だ。なんでも対熱、対冷、対雷、対衝撃などを始めとしたあらゆる干渉に強く、魔術や魔法……魔に属する力を全て無効化するらしい」 「ふむ、見た目こそ金だが……オリハルコン、ミスリル(魔法銀)……それに神銀鋼の長所だけを抽出させた超合金のようだな……その上何重もの呪印処理まで……」 エリカはガイの全身を見回した後、鎧の全ての性質を見透かしたように言った。 「つまり、オリハルコンの硬度、神銀鋼の対魔属性と柔軟性、魔法銀の魔力強化と軽量さ……全てを併せ持つ夢の合金といったところか」 地上でもっとも硬く、全ての魔を退け、自らの力を増幅する上に重さがまるでない。 硬度だけは神界の石である神柱石に僅かに劣るだろうが、その万能さを考えれば、神柱石すら凌駕する超合金かもしれなかった。 「地上最強の剣士が、地上最強の鎧を身に纏うか……まさに無敵の黄金騎士とでも言ったところ……ガルディア十三騎のトップなだけのことはある」 「ああ、それがこの鎧を着たくなかった理由の一つだ。この鎧を着る、この鎧の力を借りるってのは、自分がガルディア十三騎の一人だって認めることになるからな……それに……」 「それに?」 「無敵の鎧なんて着てたら、斬られるかもしれないスリルを味わえないだろう?」 ガイは爽やかに酷薄な笑みを浮かべる。 「なるほど」 エリカも納得したように、爽やかでありながら妖艶な笑みを口元に浮かべた。 「そんな貴様が自分の拘りを曲げてまでその鎧を着たのは、我が炎と熱に耐えるため……いや、その神剣に対する負担を減らすためか?」 ガイは答える代わりに、鎧の腰の鞘から黄金の剣を引き抜く。 「体から溢れる炎や熱などで俺を倒してもつまらないだろう? ちゃんとした『戦い』がお前の望みなのだから……」 左手に沈黙の夜、右手に鎧と同じ超合金でできた黄金剣、ガイは二刀流の構えをとった。 「その通りだ……」 肯定するように凄絶に微笑んだ後、エリカは両手を交差させる。 「紅魔赫焉刃(こうまかくえんは)……」 エリカの両手が燃え上がる炎のように、赤々と光り輝いた。 「我が手刀こそこの世で最強の炎の剣、灼き切れぬ物など存在しない!」 エリカが交差していた両手を広げる。 地面に転がっていた黄金の兜がバツの字に四分割されていた。 「これで、鎧の無敵さのせいでスリルが味わえないという心配がなくなったであろう?」 「ああ、感謝……するっ!」 ガイの姿がぶれたかと思うと、一瞬でエリカの懐に詰める。 迷わず首を狙って振り下ろされる黄金の剣と赤く輝く右手刀が交錯した。 「くっ!」 何かが溶ける音がしたかと思うと、ガイとエリカは同時に後方に跳び、間合いを取り合う。 「ふむ、やはり気合いや闘気が込められている時はあっさりとは灼き切れぬな」 黄金の剣のエリカの手刀が当たった部分が僅かに溶けるように刃こぼれしていた。 「だが、勘違いするな今のは普通に刃を合わせただけだ。我が全力で手刀を振り下ろした時こそ、紅魔赫焉刃はこの世で最強の炎の剣と化す!」 「ああ、解っている……」 ガイの体から離れた黄金の兜はあっさりと灼き切られ、気合いと闘気を込めた黄金の剣は僅かな刃こぼれだけで済んだように、同じ硬度の金属でも、ただ無防備に存在する時と、渾身の力が込められた時では、明らかに段違いの硬度や破壊力を発揮するのである。 これは、硬度では劣る金属の武器で、硬度で増される金属を破壊できるのと同じ理屈だ。 マルクトが闘気と気合いで、ただの鋼の刀であらゆる金属を切り裂けたりするのが良い例である。 エリカの炎の手刀も、彼女の気合いや気分一つで、無限に硬度、熱量、破壊力などが変動するに違いなかった。 「では、殺し合いを再開しようか?」 「ああ……」 エリカは再び両手をバツの字に交差させ、ガイもまた二刀を構える。 地上最強の黄金騎士と赫焉の悪魔王の真の死闘が始まった。 「しかし、あの二人、一体何時間戦い続けている……?」 リーヴは洞窟に辿り着くずっと前から二つの衝突を繰り返す力の波動を感じていた。 一つは炎の魔属。どこか天使のような清らかさを感じさせながらも、魔王すら匹敵凌駕するような圧倒的で無尽蔵な魔属の力……赫焉たる炎。 確証はないがこの力の正体は推測できた。 ファントムにはイェソド・ジブリールとかいう炎の堕天使? いや、炎の悪魔?……がいると聞いたことがある。 そして、悪魔だとしたら、この強さは魔族でいう所の魔王クラス……それはつまり、悪魔界最強の悪魔……悪魔王としか考えられなかった。 昔、人形師の師である女性に見せて貰ったテオゴニア(神統記)のお陰で、かなり詳しく悪魔についての知識をリーヴは持っている。 悪魔王エリカ・サタネル。 元々は紅天使エリュディエルという名のこの世で一番最初の公式の堕天使だ。 公式という言い方をするのは、彼女より前に一人だけ天から堕とされた天使が存在するからだが、その天使は厳密には堕天使とは呼ばれない。 ゆえに、彼女こそ、一番最初の堕天使であり、全ての悪魔の祖にして王なのだ。 「ガイ・リフレインか……」 もう一人の力の波動は顔見知りの人間の剣士である。 ガイ・リフレイン、ガルディア大陸一の剣士、黄金騎士の称号を持つガルディア十三騎第一位の男だ。 あの男の場合、地上最強、人間最強の剣士と言っても過言ではないかもしれない。 その強さと束縛されることを嫌う自由を愛する精神は良く覚えているし、好感というか共感が持てた。 「ザヴェーラ、ガイ……ガルディア十三騎が二人もこの場所に集まるとはな……偶然……なわけがないな」 フリーの剣士……傭兵のような生活をしているガイだけならともかく、ザヴェーラまで来ている以上、ガルディアが今回の騒動に少しなりとも興味を持っているのは間違いないと思う。 興味や関心ぐらいならまだいいが、積極的に干渉するつもりなら……とんでもなく面倒なことになりそうだ。 「それに……二人じゃない?」 ガイやザヴェーラのように明らかに力を放っていないので確証は持てないが、まだ後数人、遠巻きにこの洞窟を見張っている者達が居るように感じられる。 「……何よりも、一番の問題は……」 魔導機飛来の直後に『上』から感じたモノの正体だった。 「……面倒臭い……」 確かめに行くのは面倒臭い、面倒臭いが……放置するともっと面倒なことになりそうな気もする。 「とりあえずは最初の野暮用を片づけるか……」 と結論を出し、リーヴは壁を壊しながら、目標を探し続けていた。 「……ああ、お前らファントムのすることに興味はない、邪魔をする気もないから、そこを通せ……と言っても無理があるか?」 リーヴは面倒臭そうな表情で、顔上半部を仮面で隠した黒衣の男にそう言った。 「……残念ながら、それは無理だ、ガルディア第一皇女よ」 仮面の男……ホド・ニルカーラ・ラファエルはきっぱりと言い切る。 「例えば、何もしないからと宣言していれば、私がガルディアの城中を好き勝手に歩き回っても、ガルディア皇族はそれを見逃すのか?」 「ああ……痛いところをつく……」 リーヴは悩むように頭をかかえた。 何も壊さない、何も取らないからといって、自分の家を得体の知れない他人が荒らし回ることを許す者など普通はいないだろう。 「……確かに我々も貴方やガルディアとは事を構えたくはない……だが、ここまで侵入された以上……」 ホドは右手を引き絞って見せた。 それが言葉の続き、これからどうするつもりなのかを説明している。 「……仕方あるまい。火の粉を振り払うとするか……」 リーヴは気怠そうに、右手を横に振った。 その動作より一瞬速く、ホドが跳躍する。 ホドが立っていた場所の背後の壁に五本の線のような亀裂が走った。 ホドはそのままリーヴに向かって飛来する。 ホドは右手刀を突きだした。 リーヴは流れるような動作で、手刀を横に逸らし回避する。 その瞬間だった。 リーヴの体が回避したはずのホドの手刀の方に吸い寄せられる。 「ちっ!」 リーヴは両手を交差させるように振った。 空間を計十本の『線』が走る。 ホドの突きだしていた右手が無数のサイコロのような肉片になり崩壊すると同時に、リーヴは自由を取り戻し、後方に跳び退さった。 「なるほどな、振れたモノを『螺旋(ねじ)る』能力か……」 感心したようにリーヴは呟く。 リーヴは間違いなくホドの手刀の一撃をかわした。 だが、かわされた手刀がリーヴの横の『空間』をねじり上げる。 そして、リーヴの体は空間に生まれた『渦』に引き寄せられたのだ。 「物質だけではなく、空間までねじ切るのは厄介だな。念動力なのか空間湾曲能力なのか、判断の難しい……」 どちかというと前者な気がする。 後者は、リンネやタナトスがやったように空間を『歪める』能力だ。 歪めるとねじるは微妙だが違う現象だ。 このホドという男は空間干渉ではなく、空間も物質も区別なく、己が振れた部分を中心に、同時に逆の方向に回す力を発生させ、あらゆるモノをねじ切るのである。 発生している力が念動力なのか、闘気なのか、魔力なのか、それともまた別の未知のエネルギーなのかは解らないが……不可視の力による破壊能力といった表現が一番適切に思えた。 「まあ、見ただけでとか、想っただけで、ねじ切られないだけマシか……」 触ったモノのみ有効ということなら、触られなければいいだけである。 もっとも、ねじ切られた空間に引き寄せ効果があるので、紙一重ではなく、大きく回避する必要はあったが。 ホドが残った左手でリーヴに飛びかかってきた。 リーヴは両手の指から伸びる計十本の『糸』でホドを迎撃する。 ホドの体が空中を滑空するように動き、全ての糸をかわした。 リーヴが糸を引き戻すよりも速く、ホドの左手がリーヴの左胸を剔るように突き出される。 絶対に回避不可能なタイミングだった。 しかし……。 「なっ!?」 ホドの左手が確かにリーヴの左胸に触れたにもかかわらず、リーヴの体がねじ切られることはなかった。 リーヴの全身がいつのまにか白い輝きを発している。 ホドの左手が触れていたのは、リーブの体ではなく、リーヴの全身を薄皮のように覆っている白い光だった。 左手にさらに力を込めて、白光を貫こうとしても、貫くことはできず、それならばと白光自体をねじ切ろうとしても、白光はねじれるどころか一欠片も揺るがない。 「物質や空間はねじれても神闘気はねじれないようだな……」 「闘気!? 馬鹿な! 闘気だろうが魔力だろうがどんなエネルギーだろうとねじれないはずが……」 「悪いが先を急ぐ……聖皇脚(せいおうきゃく)!」 リーブの右足の蹴りはホドの胴体を跡形もなく粉砕した。 ホドの肉片がまるでガラスの欠片か何かのように美しく舞い散る。 たまたま原型をとどめていたのは頭部、左腕、右脚だけだった。 それらは地に落ち、無惨な姿を晒す。 「……この感触は……」 リーヴは違和感を感じていた。 その違和感はホドの無惨な残骸を見ることで、さらに増す。 無ければいけない赤いものが……血が一切ないのだ。 そして、肉片というより破片という方が正しい無数の欠片。 何よりも蹴りで破砕した特の感触……。 「……者ではなく物……?」 「がはははははははははっ! ホドの奴はやられちまったのかよ?」 リーヴの思考を野蛮な笑い声が遮った。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |